雨にうたれても遠くからでもかすみもしない金髪をぼんやりと見る。
彼と同様に立ったまま、直立不動。


「パソコンとか…銃とか、雨うたれちゃまずいんじゃないの?」
んなモンもって雨の下に出るか、と彼は答える。
ああ考えはあったのか。でもどっちが彼として正しいんだろう。
首尾一貫してる筈の彼の思考はいつまでたっても私には理解しがたい。

私より14cmも高いその差を補うには傘は小さすぎたし、何より彼は既に爪先まで雨にうたれて濡れている。
そして相も変わらず直立不動。
何だって構わないのだろう、何だってこうゆう姿を見せるのだろう。小さな傘は頭上で居心地悪げに揺れる。

「…ヒル魔くんにしては無防備だね」
だから私は近づけたのかもしれない。いや、本当はいつも以上に近づいていいのかもわからなかった。

この雨のせいか距離感が掴めない。





彼のフットワークの軽さは知ってる。優先順位を見失わないし、したいことしかしない。
そのくせ目的の為なら手段と過程を厭わない。あまりに合理的過ぎる。
羨ましいとは一片だって思わないが、それが彼のスタンスなんだろうなあと思ってしまうと、自分とはあまりに違うから、何というか、どうするべきなのか判断に迷うときが往々にしてあったりする。
何せ正しいとか間違ってるとかいった言葉が通用しないのだから。


かといって、一度目にしてしまったものを放っておくことも出来ない。
雨にうたれることも濡れることも一切構わない人間相手にあまり利口じゃないことをして いるなという自覚はあるけれど、だからといって雨に晒したままには出来ない。彼にしてみれば、馬鹿らしいの一言に集約されてしまう行為なんだろう。どれだけ此処にいたのかは知らないが腕を伝う水の量からして相当濡れている。
今更傘で遮ったとて遅いのはよくわかる。この傘が現状でどれだけの役に立っているといえるのか。

あいにくとタオルの類は持っていなかった。そもそも差し出したとて受け取るのかどうかもわからないけれど。斜め後ろから傘を差し出してみせたさっきだって、一瞥とともに馬鹿かの一言で済ませた男だ。
でもそれだって無いよりはあった方がいい。一応形だけでも頭上に傘はあるけれど滴る水滴があることには変わらなくて、傘を差し出した私としては酷く心許ない。


校舎まで走って取って来ようか、と一瞬頭を掠めた。
勿論そこまでの義理はないし、それは再び雨の下に彼を置くことを意味する。
結局私に出来ることがあるとしたら、こうして覚束ない手で意義も意図も欠いた傘を差し向けるくらいなのだ。
もう一歩前へ進んだら、この傘ももう少し物の役に立つんだろうか。



会話する気は更々ないのか、音は雨音だけで充分なのかそれとも充分鬱陶しいのか、さっきから彼は必要以上に口を開けない。
今の私にしてみても思い浮かぶことといえば他愛ないことばかりで、たとえば今朝晴れてたことだとか今降ってる雨のことだとか、口にしてみたところで相槌ぐらいしか返ってこないようなものぐらいだ。
行き先は、さっき尋ねようと思って2秒で止めた。何となく。

別に返ってくるとも思えない相槌が欲しいわけでもないし、弾む会話を望んでるわけでもないけれど、やはり幾ばくかの居心地の悪さはあった。別に私が悪い訳でもないのに。
どうしたって濡れている彼が目に入るのが原因なんだろう。
私がいる意味は無いと感じてるんだろうなと、そんなことを考えてしまう。事実、さっき既に言われた。

構わない男だと知っている。これは結局、自己満足でしかない。

土台、私だってこれが彼の為だなんて思ってはいない。
ここで私が踵を返したって、別に何てこともないんだろう。彼は今以上に雨に晒されるだろうがおそらくそれに何かを感じたりはしないんだろう。ずっとずっと先を見据える彼には取るに足らない、短いスパン。


だからといって放っておくことも出来ない自分の性格はよくわかってる。
この全身ずぶ濡れの男をもう一度雨の下に晒すという気にはどうしたってなれないのだ。たとえ馬鹿な行為と言われても。私の落ち度はこの雨の下にいる彼を見つけたことで、彼の落ち度は何も構わないその姿を私に見せたことだ。


途切れたままの会話と対照的に、ざあざあと傘を叩く雨粒の音は途切れない。








「…雨宿りなら他でする」


幾分強くなった雨を見て、舌打ち混じりに彼が口を開いた。ますますもって傘は役に立たなくなっている。
傘を持っている私すらも濡らすほどの、雨。
雨宿り、頭上に傘を掲げて見せたこの行為にそんな意味すら与えることも出来ないで、私も爪先からじわじわと濡れ出している。浸食し始めた水でますます足は重くなる。そうして、踵も返せず、前にも進めず。
本当に意味の無い行為だ。


頼まれたわけでもなくただこうして立っているだけ。
それでも、傘を差し向けた自分の行為を馬鹿だと卑下してしまうことは、





雨足にまぎれて距離をつめた。

頭上で不安定に揺れる傘。





「……しない。だってバス、待ってるんでしょ」




ここを離れてどこかで雨宿りすることを選択できる人間なら、
私だってここでこうして傘を掲げてたりなんかしない。
意味が無いと感じていたのかもしれないが、何にしたってもう後には引けないのだ。
だって私は一歩前へ進んだし、何より既に傘の中に彼はいる。私が一方的に差し向けた傘に。


私の返答に呆れたような一瞥も、馬鹿かの一言も寄越さないまま、やはり彼は動かない。
目の前に落ちる水滴を数える。
傘は相変わらず小さく、差を埋めるには足りない。


バスのヘッドライトが、遠くで滲んでいた。








目指す場所は遠く、深い



(行き着く先も知らぬまま、行き着く先も告げぬまま)