かいなでの異端者
「…ヒル魔くん、そうゆうのはよくないと思う」
いつものお小言、だと思った。
PCに向かう俺に雑務を片付ける女が部室に二人。いつもと何ら同じ風景。
だが何かいつもと違う気がした。
心なしか口調も違う。
ああ何かが足りない、何だ。
そうだ、こいつが俺にくってかかるときは、もっと全力だ。
こんな憂いだか哀愁だか、つまるところ俗にいう女の顔なんざしやがらねえはずなんだが。
なんだ寝ぼけてんのか。
なら今すぐ塩素ぶち込まれたプールに頭から浸かって来い。
今の時期なら目は冴えるは頭は冴えるはもってこいじゃねえのか、
とりあえず行って来い、その面こっちに向けんな寒気がする。
頭の中で一気に思うが、何やらこの糞マネの顔して糞マネじゃねえ女に言うのは躊躇われる。
おいてめえはそもそも糞マネだったか。
目の前の奴は俯き加減で手の中のシャーペンを握り締めたまま。
全身から漂う雰囲気に顔を顰める。
今度は顔だけじゃねえのか、また厄介な。
「よくない、と思う」
糞マネ、らしき物体はまた言葉を発した。
糞マネの声で、糞マネとは違う口調で。
俺としちゃあこんなわけのわからん物体と関わるのは御免だった。
こいつは明らかに糞マネじゃないし、また糞マネの姿形をしているからだ。
なんだSFか。
サイエンス・フィクションかスペース・ファンタジーか。
俺にしたらどっちも同じだ定義なんざ知るか。
フィクション、その時点で全く用はねえ。
こいつと一緒に世の中から消えても惜しくはねえな。
このSFもどき、
体裁を整えるなら完璧にしろ、皮被っただけで成り代わった気でいるんじゃねえ。
気持ち悪いったらありゃしねえ。
「そりゃあ…ヒル魔くんなりに考えがあったとしてもよ、だけど」
喋る、それだけでも気持ち悪いってのに最悪なのは話し掛けてくることだ。
百歩譲って言語が通じるとしても俺は異文化コミュニケーションなんざに興味はない。
視線をコルトパイソンに寄せるが、こいつを撃って緑の体液なんぞが出てきたらどうする。
それこそ目も当てられねえ。
もしそうなりゃふん縛ってNASAにでも高く…ああ面倒くせえ、
もっとノリやすい奴のところへ行け。
SF好きの奴ならごまんといるだろうが。
とりあえず俺はてめえになんざ構ってられねえ。
「何が悪いっていうのじゃなくて、…よくはないと思うの」
なんだ俺は説教されてんのか、さすが腐っても糞マネのことはある。
だがまるで違うってんだろ、んなしおしおしおしおうざってえこたやんねえんだよ、
もっとうざってえほどの厚顔無恥な勢いをでもってつかっかってくんだ。
どっちにしたってうざってえことに変わりはねえが後者の方がまだ断然マシってもんだ。
見飽きたからって別に新鮮さなんざ求めてねえよ、
求めた結果がこれだとしたら最悪じゃねえか。なんだこんな女の腐ったような奴。
糞マネの姿してる時点で女としてアウトだ。
ああもう腐ってんのかどっちにしろアウトだ、救いようもねえ。
もう充分付き合った、このSFもどき。
次はもう少しマシな奴を寄越せ。
どうせなら次がねえこと祈ってやる。
もしもパート2があんなら容赦無く緑の体液ぶちまけさせてやる。
“もどき”は部室を出ていく俺を止めようとしない。
ただあのわけのわからん面とおぞましいオーラでもって成す術もなく見送る。
ああざまぁねえな。無駄に呆気ない。
これじゃパート2なんざ無理だな。
扉を手にかけた時、勢いよく扉が開いた。
おいいつからこれは自動ドアになりやがった。
んなもんより揃えたい設備は山とあんだがな。
そうこうするうち扉が喋る。
いや違った扉の向こうにいた奴。
この訂正は重要だ、なにせ俺はもうSFの世界とは金輪際関わりたかねえし。
扉…の向こうには見知った顔が雁首を揃えていた。
「あの…ヒル魔さん、」
小市民代表が口を開く。
小市民、てめえも足踏み入れてみっかSFワールド。
事実は小説より奇なり、だ。
てめえの幼馴染みがSFもどき。
さすがにぞっとしねえな。
「おら、てめえらいつまで突っ立ってんだ。とっとと着替えろ」
「ヒ、ヒル魔さん、あの、本当…ですか…?」
なんだ小市民、SFワールドに迷い込んでみたいってか。
だがんなビビり具合じゃ一番に殺られて終わりだ。
アイシールドの名が泣くぞ。
ヒーローが真っ先に惨殺。
ある意味奇抜な発想。
ああ先が読めないこと請け合いだ。大衆どもはこぞって沸く。
そこまで考えて気付く。
おいおいいつのまにか思考がSF漬け。
金輪際関わりたかねえってのにおぞましい。
棺桶に半分足突っ込んだ気分だ。
目の前じゃ何やら小市民どもが誰が口火を切るかで揉めてる。
これが現実世界。非日常なんざ必要ない。
またしても周りに押しきられた格好で糞チビが重い口を開く。
やっぱてめえは小市民代表か。
「……ええ…っと、あの…」
「何だ、とっとと言え」
「………その、中学生の、女の子にラブレター貰ったって…本当…なんですか?」
あ?何言ってやがんだてめえ正気か、と言い掛けた途端小市民の群れが堰を切ったように騒ぎ出す。
「は?渡したんじゃねえの?」
「はあ!?その場で焼いて灰突き返したんじゃねえのか!?」
「はぁああああ!?そのまま脅迫手帳にしまってめでたく奴隷になったんだろ!?」
「俺が聞いたのは相手は泥門の生徒だって話だぞ!」
「フ、フゴ!」
「キ、キスして押し倒したとか聞いたんだけど…」
「今朝の話じゃないの!?」
「う、噂話だよね、単なる!!」
次から次へと矢継ぎ早に繰り出される話に呆気に取られながらも眉間に皺が刻まれていくのがわかる。
…俺はどこのSFワールドに迷い込んでんだ。
まだ続いていたとはさすがに思わなかった。
終わったんじゃねえのか、金輪際っつったろーが。
聞けば聞くほど尾ひれ胸びれ背びれだらけの噂。
つーか原型留めてねえよ。
そもそも原型自体ねえんだそんなもん。俺相手にんなモン寄越すほど度胸のある奴なんざ、
背後からの視線に後ろを振り向くと、明らかにあからさまに慌てて顔を背け視線を逸らせる奴の姿。
……てめえはてめえで何聞きやがった、この“もどき”
「…てめえら今すぐグラウンド40周だ、走り終わるまで生きて帰ってくんな!!」
言い終わる前にマシンガン掃射。
蜘蛛の子を散らす勢いで、散々好き勝手喚き散らしていた小市民の群れは散開。
フルオートだとあっという間に弾が尽きる。
この程度で悲鳴上げてりゃSFじゃ通用しねえぞ、何たってそこは無法地帯。
構築された世界観は矛盾と混沌と混乱で満ちている。
ああ一掃だこんなモン。
「ちょっとヒル魔くん…!危ないことは、」
「何がよくねえんだって?」
瞬間、言葉に詰まったように見えた女はそれでも食い下がるように言う。
矛盾と混沌と混乱が大きく口を開けて待っている。
飲み込まれるのはどっちだ。飲み込まれてるのは。
「…思わせぶりは、よくないと思」
「てめえの説教は聞き飽きた」
少しだけいつもの勢いを見せた糞マネは、この一言でまた見るに耐えない顔つきで俯く。
おぞましい、だが今となっては愉快ですらある。
やっぱ“もどき”じゃねえかてめえ。化けの皮なら今剥いでやる。剥いだ後のことなんざ知るか。
少なくとも“もどき”じゃねえだろう。どっちに転ぼうとだ。
尾びれ胸びれおまけに背びれまでついた噂を頭から信じてやがったのか。
あいつらと一緒で。どうしようもねえな。
何を聞いたか知らねえが、てめえの頭はSF並に壮大らしい。
めでたいんだか単なる馬鹿か、なあ“もどき”
思わせぶりはよくない。
全くよく言う。どの口が、そんなことをほざけるんだか。
ああやっぱりパート2は無しだ、ここで緑の体液ぶちまけて死ね。
俯く女の頭を引っ掴んで目についた赤に思い切り噛みつく。
暴れんな。
さっきふん縛っておきゃよかったな。
面倒が無くてすんだろうに。
流れた液体は微かに鉄の味がした。気がする。
甘さにやられた舌は使い物にはならない。
…やっぱりてめえは、
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離れればわかる
流れる色は果たして緑か赤なのか
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