汚い足で踏み潰したものは
目撃してしまった告白現場。
角の向こうにいたのは男と女。
曲がりかけた角でしばし立ち止まる。
一瞬目にしたのは、見知った後ろ姿。
茶色の髪と立ち姿だけでそれが誰かということ、
そして今の置かれているであろう状況を瞬時に理解した。
校舎の外れ。
昼休み。
そして、呼び出されればのこのこやって来るような女。
否応無くそれが告白現場なのだと気付かされる。
盗み聞きするつもりは更々なく、
まして興味はないと、もと来た道を引き返そうと足を戻す。
どうせ、次もサボりだ。
曲がり角に背を向けたところで、
ごめんなさいと申し訳なさ気に、しかしはっきりとそう言った女の声がした。
男の声は殆ど聞き取れない。
女の声だけが嫌に耳につく。
だがたとえ耳に聞こえなくとも、女はこうゆうのだろうとわかっていた。何となく。
相手の男が誰なのか、何を言ったのかは知らないが、女の答えは一つなのだろうと。
のこのこ呼び出されてくるような女。だがどんな内容だろうと延長はない。
確信にも似た考え。
何故かは解らないが。
足元には先程落とした煙草が燻ることなく転がっていた。
男がまた何かを告げる。
男の声は小さいわけではなかったが、俺の耳には何故だか届かない。
女の声ばかりが拾われる。
私にも、よくわからない。
少し躊躇った後、女はそんなことを答えてもう一度ごめんなさいと告げた。
話はそれで済んだらしく、角を曲がった先の気配が一つ消えた。
やはり延長はない。
どうでもいい確信が、証明されただけのこと。
足を止め、壁に凭れて曲がり角に目をやる。
残された気配は曲がり角の向こうに一つ。
予鈴が聞こえる。
残されていたもう一つの気配の遠ざかる足音は、それに消された。
男は何を訊いたのか、女は何をわからないと答えたのか。
何が、わからないというのだ。
自分の事じゃねえのかよ。
そう口に出しかけて止めた。
俺もまたわかってはいないのだ。
何をとも、何がとも。
わかりたいとも思わない。
どうせ素知らぬふりしかしないし、出来ない。
放課後何食わぬ顔をして何事も無かったかのように振舞う。
俺が口にしなければ何も無かったと同じ事だ。
そう、それだけのこと。
事実、何事もない。
女にとっては日常の一幕で、俺はただ舞台袖からそれを垣間見ただけだ。
俺は、足を踏み入れてはいない。
あの角を踏み越えることを止めたときから俺は何も見なかったことにしてしまっているのだ、既に。
そうして興味がないと足を翻した。
女の声を耳にしてしまったのは不可抗力。
解りたいとは、思わない。
本鈴が鳴る。
だが俺には関係無い。
そのとき何故だかふっと、
その躊躇が後々酷い後悔を生むような予感がして、
それを振り切るように足元に転がる煙草を強く踏み潰した。
火はついてない。
燻ってもいない。
そうと知っていたから尚の事。
靴底の下で、それは音もなく残骸に変わる。
口の中に苦い味が広がる。
それは、煙草のせいなのか。
放課後、何も無かったように振舞う。
それは顔を合わせることを前提にしているのだと、今更気付く。
残骸をもう一度強く踏み潰して、
その場を後にした。
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誰もいない角を曲がる躊躇はもう無い×