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一人歩きをしだすと、この手のものはもはや止めようがない。 安息の地をようやく見つけた先でまもりは息を吐く。 同じ被害者と言うべきか、元凶とでも言うべきか分からない人間のいる場所が安息とは皮肉な話だ。 こうして息を殺して待つ以外、何の手立てもないのだろうか。どれだけの先人がそれで苦渋を舐めてきたたのか。 「せいぜい75日、息を殺してりゃいい」 頭を抱えるまもりを、同じく渦中にいるはずの男はせせら笑った。 本当にどうでもいいと考えているのか、はたまたまもりの朝から今に至るまでの苦労をここぞとばかりに嘲笑っているのかは分からない。 好奇と畏怖と同情の入り混じった視線はここに届くことはないが、ここにいるのは嬉々として人の不幸に付け込む、いろんな意味での諸悪の根源。 とりあえず今のまもりにとって安息の地などないことを再認識する。この部室だって所詮は悪魔の根城だ。 決して羨ましくはない神経と余裕が腹立たしくもある。ポーカーフェイスにしたって大概だ。 「………ヒル魔くんの息の根を止めた方がよっぽど早いわね」 何故まもりなのか。何故ヒル魔なのか。 何故、まもりとヒル魔なのか。 水と油どころじゃないのだ、自分達は。 水と油は混ぜたところで無害だが、自分達はそうはいかない。それだけの自負はある。 それをどこをどう罷り間違って、何が一体根も葉もない誤解を生んだというのだろう。 朝から繰り返された「何故ヒル魔なのか」という問い。寧ろこっちがその理由を聞かせてもらいたい。 風紀委員としてヒル魔妖一と対峙したからか。セナについてアメフト部に入部したからか。 まもりが思い返しても自分の行動に非は思い至らない。 (だってそれは信念に基づいている。今も昔も、寸分も違わない信念だ) だからこそ厄介だ。原因が分からない。ゆえに対処なんてしようがない。 男と女だから?それこそそんなもの、どうすればいいというのだ。 だがキーボードを叩いてはまもりの神経を逆撫でにかかるヒル魔には、原因も対処もからっきし眼中にはない。 この差は一体何だ、とまもりは思う。こんなところでも水と油モドキだ。 「学校中の羨望の的とはいい御身分じゃねえか」 「…同情の間違いだわ」 「なら根源を探し出して消すか。気も晴れるし一石二鳥だな」 「建設的な意見を求めてるの、私は」 「建設的だろ」 「寧ろ破壊的よ!」 「なんならトドメはてめえに譲ってやってもいい」 「物騒な話はやめて下さい」 「自分を棚に上げてよく言う。誰の息の根を止めるんだっけか?」 75日が過ぎるまでこんな不毛なやりとりが続くのか。まもりは本格的に頭痛がしてきた。 学校中の関心と同情を一手にこの身に引き受けたストレスは、ヒル魔にはまるで無縁。 まもりの一挙一動を見ては格好の餌食とばかりにニヤニヤと笑ってみせるだけ。それこそ随分といい身分ではないか。 明日になれば根も葉もない上に、尾ひれ背びれ胸びれまでついた噂が何事も無かったように消えてなくなる奇跡など望めない。それを叶えうる唯一の男はこの有様だ。 まもり一人が肥大化した噂のもと75日息を殺して過ごし、ヒル魔はその姿さえ嘲笑って平然と過ごす。その様がありありと浮かぶようで、まもりは改めて溜息を吐いた。 そりゃあヒル魔はいいだろう。この男を相手取っての質問攻めに誘導尋問、挙句に捏造ラブロマンスを作り出す猛者などこの学校には一人だっていやしない。だがまもりは違うのだ。 それを朝からずっと思い知っている。もはや、明確な悪意や何某かの意図すら感じるような勢いで。 この男だけが、いつだって安全圏。台風の目の中心で、全てを高みの見物。 暴風圏内にいるのはまもり一人。75日息を殺し続けるのも、まもり一人というわけだ。 痛い頭を押えてまもりはヒル魔の方を見た。同じ渦中でどうしてこうも違う。 本当に、何故、自分だけが。 息の根を止める、それが出来れば苦労はしない。 それこそおそらくはこの先の世界の平和と秩序維持に繋がるもので、何より目下、手酷い頭痛を抱える自分にまたとない解放と安寧をもたらすだろう。 …それが、出来るのであれば。 まもりにしてみれば根源は一つだ。 噂の根源は諸悪の根源。今抱えているストレスそのもの、全ての元凶だ。 こんな、人災みたいな現状を思ってまもりは重い腰を上げた。 禍根を断つために、まもりに出来ることなんてたかが知れている。 それでも、今から入れる珈琲に、うっかり盛られた砂糖でもって、万が一にもそれが叶えば良いのだ。
これはコイ
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