終電までまだあるから、と辞退したのに聞く耳も持たれずタクシーを呼ばれ、5分と立たずにやってきたそれに否応無しに押し込まれた。
こんな唐突な押し付けに救いがあるとしたら、奴隷の人達を呼びつけたわけではなく普通のタクシーだったことだろうか。…実際のところは分からないけどそう願うしかない。
そんな抗議が出来る程の体力があれば、さすがにこうもあっさり流されたりはしなかった。
そうして自分を押し込んだ男はさも当然のように車内に、つまりは私の隣に乗り込んだ。
そりゃあヒル魔くんだって身体を休める為にも帰る必要はあるだろう。 乗るな、という筋合いがあるわけないので(そもそもタクシーを呼んだのは彼だ)、「奥に詰めろ」という声にただ従って、タクシーのドアが閉まるのも滑る様に走り出すのもただ黙って眺めていた。


「詰めろ」と言われたけれど、車内は頗るゆったりとしていた。もしや、リムジンというのはこういうものを指すのではないだろうか。流しで走っているものとは思えなくて、じゃあやっぱりこれも脅迫手帳の賜物なんだろうか。
そう思うと唐突にこのまま背凭れに背を預けていることに多少の躊躇いを覚えた。
でも正直言って遅くまでの作業に身体はだいぶ疲れていて、その身体を預けた革の感触と心地よさにはとても抗えない。
振動もまるで感じない快適さに内心で驚きながら、潰れないように手の中のシュークリームの箱を抱え直す。
甘い物は疲れにいいとはいえさすがに車内で食べるのは気が引けて、膝に抱えた箱からの匂いだけで我慢しようとそっと深呼吸をする。
甘い匂いに疲れ切った精神を癒されて来るとはたと思う。
そういえばこんな密室みたいな場所で、これだけ匂いを振り撒くシュークリームと一緒にいて、未だにヒル魔くんから文句の一つも飛び出さない。 そもそも何でわざわざタクシーを呼んだりしたんだろう。
こんなことは珍しいというより初めてのことだ。おかげでさっきは随分面食らった。
両手一杯のシュークリームの箱に視線が落ちる。
もしかして本当に気を遣ってくれているのだろうか、なんてぞっとしないことを考える。
ちらりと目だけでヒル魔くんの方を伺う。さながら元からこの車の主であるかのような態度の他は何も読めない表情だ。当然か、と視線を戻してずるずるとシートに沈み込む。
でもまあ何のつもりかは置いといても感謝くらいは言っても罰は当たらないだろう。この大量のシュークリームの箱を持って帰るのは少々大変だと思っていたし、何よりとにかく疲れていた。明日は私の誕生日ということは関係ないにしても…ってああダメだダメだ、どうやら本格的に疲れているらしい。そんな全く全然有り得ないことを考えるまで疲れが溜まってしまっているようだ。そうだ、連日の作業もさることながら今日は王城の敵状視察もあったから。
王城の文化祭で今日仕入れたばかりの情報を整理してデータを抽出、残りの日数で出来うる練習プランを立てて正攻法と奇襲それぞれで巨大弓への対抗策を煮詰める。 クイズ大会まで参加した文化祭から帰った足でこの時間までそれを根詰めてやったものだから、さすがに疲労と眠気はピークに達しかけていた。
ヒル魔くんはこれにプラスして練習もこなしているわけで、まさか愚痴なんて言えるはずもなかったけれど。
時間は幾らあっても足りない。
寧ろここのところ加速度的に目減りしているように思う。一分一秒が惜しいなんて、アメフトに関わるようになってから本当に事あるごとに実感してばかりだ。 ヒル魔くんだってこんな風に感じる時があったりするんだろうか。

そんなことを考えていたのが、かれこれ30分ほど前。




「 …で、どこに向かってるの」
「どこに行きたい」
「……それを今聞くの?」
「そっくりそのまま返してやる」

というかあの状況で家に帰る以外の選択肢があるなんて思うわけないじゃない!

彼の態度は変わらず主然としていて、顔は無表情ではないけれど考えていることが全く読めない。
というか何をしたいのか全く分からないのですけどヒル魔くん。 それは私が疲れているからですか。
そのせいかいつの間にか微睡んでしまって、今じゃどこをどう走ったかも分からなかった。

下手に「降ろせ」なんて言い出せば最悪その辺に放り出されて終わるかもしれない。
まさか幾ら何でもそんな真似をするほど鬼畜でも外道でも鬼でもないと思いたいけど、如何せん悪魔だ。
まあそれよりあの地獄耳を以って聞こえないフリで済まされるのがオチな気はする。

はあ、と溜息。

ここにはモップもないし、あったとしてもやり合うだけの気力も今はない。
向こうにあるのかないのかそれを知るのも今は御免だった。

とりあえず、微睡みから覚めたばかりの頭を、もう少し覚醒させる必要がある。
建設的なことはそれから考えることにして、それまでの軽い現実逃避として窓の向こうに目を向けた。
別にキレイな夜景が見えるわけでも夜空が見えるわけでもない。ただ静まり返った夜の街だけが続いている。



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(11/23夜半前)