ヒル魔くん、そして皆、もしかしたらここにいなかったかもしれないんだ。
神龍寺に行ってナーガに入っていたら。
そうだとしたら、当然、この泥門デビルバッツだって無かったわけで。私だってここにいなかったんだ。この人の問題行為に頭を悩ませることも無かった、だってヒル魔くんとの接点なんてきっと全く無かっただろうから。
今のマネージャーっていう仕事も、この約半年強の思い出も何もかも。

「ヒル魔くん、」
振り向かない。背中を向けたまま。人が話しかけてるっていうのに。
でもこれにももう随分慣れた。慣れっていうのは恐ろしい。 こんな程度のことなら許せてしまうのだから。良いのか悪いのか全くわからない。
でもとりあえず、うん、やっぱりそうだ。

「好きよ、私。大好き」

一息で言った。




  +++++++



「好きよ、私。大好き」


あやうく足を止めかけた。いつもみたいな小言かと思えばなんだ。あまりにも唐突、脈絡も何もあったもんじゃない。待て待て待て、てめえ頭がついにいかれたか。いや元々どこかぶっ飛んだこの女なら有り得ることなのか。だが雰囲気も何もあったものじゃない。消火器抱えて言う言葉か。そして俺にどうしろと言うのか。
足を止めて振り向く、まさか俺にそんな選択しろってのか。

動揺、してるのか。
そう思うと盛大に舌打ちしたくなった。
動揺は一瞬、だが無駄に考えた分ロスができた。今更どう返せと。独り言なら余所でやれ、いっそそう言ってやりたい。いっそこのまま聞かなかった事にするか。俺は何も聞かなかったこいつは何も言わなかった。そうするか。無視を決め込む。こいつの独り言がたまたま非常識にでかかった、それか俺の耳が素晴らしくよかった。そうだ、それだけのこと。

「ヒル魔くん、ちゃんと聞いてる?」

またしても俺の努力を無に帰すようなでかい独り言。独り言に疑問符を付けんな、俺の名前を出すな。いっそ耳を塞いでやろうかとも思うがそんな真似今更出来るか。無視、と決め込んだからにはそんな動作するわけにもいかない。聞いてる聞こえてるってのを自ら体現する様な、そんな間抜けな所作。だいたいなんで俺がこいつの独り言に付き合わなきゃなんねーんだ。平然としてんのがまた腹立つ。マジで独り言のつもりか、涼しい声で何を吐かすかと思えばよりにもよって。

「ヒル魔くんだってそうでしょ」

ああマジでいい加減にしろ、俺に何を言わせる気だてめえ。この馬鹿みてえにでかい独り言を黙らせたい、今すぐ。なんで俺がこいつの一言で頭抱えてんだなんだこの状況。何を言わせたいんだ、今度は疑問符も無しで断定しやがって。まさか俺もそうだと言わせたいのか、つーかこいつの中では既に断定系か。どんな顔して言ってやがる。ああ見たくもねえが。このわけのわからん奇襲に背後から刺されたような衝撃と錯覚。正面からじゃなかっただけ良心的か、とかという考えすらよぎる。あー認めたくはない、認めたくはないが動揺してるのか、この俺が。こんな平然と吐き出されたわけのわからん言葉で。この女が平然と、



「泥門デビルバッツのこと、皆大好きだよ」

だから絶対勝とうね、と実に呆気らかんとした言葉に思考が急停止させられた。
不覚にも足を止めて振り向けば消火器を抱えたままの笑顔と目が合う。しかも満面の。


ああなんだそっちか先に言えこの糞女。


狙ってやってんじゃねえだろうなつーか素だから余計性質悪いんだよ。心の中で悪態をつく割にはどこか安堵した。拍子抜け、というそんな馬鹿な言い回しはこの際断固無視してやる。一瞬の俺の動揺を返せ、いややっぱ返すな俺はこんなもんいらん断じていらん。妙な屈辱感と敗北感、そんなもん抱きかけてる頭を今すぐ撃ち抜きてえな。

あーこの女はこの女だ。
脱力、と同時にどっと疲れを感じたがもうそんなもんはどうでもいい。もういっそ笑えて来る。というより笑うしかねえだろ。全く碌なことしやがらねえ、そう零す。ちゃんと文章を話せ。
あやうく醜態曝すところだ糞。


「泥門デビルバッツ、大好きだよ」

何が楽しいのか、鸚鵡返しのように繰り返す。
最初っからそう言ってろ。ああもう考えねえ、考えてたまるか。考えたら負けだ。
こんな消火器携帯女に負けるなんざ真っ平なんだよ。



「勝つんだよね」
「たりめーだ」




侵略の意思は多分無い

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