10 "待ちぼうけ"ってつまりは
"平穏"




「いないのかしら…」



暫く顔を見ていなかったから、少しだけ、そうほんの少しだけ気になっただけだ。
用もないのにあれだけ頻繁にやってきては徒に人をからかって暇潰しをしていた彼が急に現れなくなったのだ。
最初の頃はいつもの気まぐれかと思いどうということもなかったが、これだけ日が空けばたとえ相手が普通の人間でなくても多少なりとも何かあったのではと心配になるだろう。
ようはそれだけのことなのだ、ここにきた理由は。

しかし勝手知ったる、とまではいかないが、何度かこの城を訪れたおぼろげな記憶をたどってたどり着いたこの部屋に、この城の主の姿はなかった。
今思えば迂闊なことだが、この城にいないという想定を、まもりはしていなかった。
痺れを切らしてやってきた自分をこの部屋で待ち構えていて、思う存分からかおうという魂胆なのかもしれないとは思っていたのだが。

そうゆう手の内だと考えて、それだけの心積もりをして、それでもやはり心配だったからやってきたというのに城主はいない。
なんだか毒気を抜かれてしまった。


―じゃあ本当に何か用事があるのかしら。それとも別の新しい暇潰しでも見つけたのかしら?


勢い込んで来たけれど、どうやらあては外れたらしい。
それならここに長居する理由もないし、主が不在の城に入り込んだままというのはあまりよろしくない。
何より書き置き一つ残したきり城を抜け出してきたのだ。場所が場所だけに心配しているかも知れない。また大騒動になる前に帰らなければ。

せっかく来たのだからそれこそ書き置きの一つでも残していこうかとも思ったが、主不在の城は以前来たときと何ら変わった様子も無い。当初の目的と云うか目論見ははたせなかったけれど別に会いにこなくとも元気でいるのならそれでいいのだし、上手い言葉も見つからないのでそのまま部屋を後しようとした。


   …ガタッ。

「なに…?」

音のした方に振り返るが誰もいない。


「?気のせいかしら」


本来ならばこのままこの部屋を後にして城を出ていたことだろう。
足を止めるだけのものを目にしていなければ。

そう、椅子の影から現れた存在を目にするまでは。




   ++++++




突然現れた存在に、まもりは何度も目を瞬かせる。


「え…っと」

なんでこんなところにこんな小さな子が?


当然の疑問が頭をよぎる。
が、この子にしてみれば自分の方が怪しい存在だろう。


―怖がらせちゃいけないわ。

そう思い、目線を合わせるためにしゃがんで笑顔で尋ねる。



だが覗きこんだその顔に息が止まりかけた。

鋭い目、長い耳、重力に逆らうように立てられた金の髪。そしてその表情。
不覚にも、まもりは声をかけることを忘れてまじまじと見つめてしまった。

幼い。まもりの半分にも見たないその身長も含めて全てが幼い。
2歳、いや3歳程度のその姿。
しかしその見慣れた面影が見てとれる。


そんな、いや、まさか。

顔を見つめたまま止まってしまったまもりを、同じく微動だにしない幼い瞳が見据えている。
その態度は全く子供のそれなんかじゃない。


最初の衝撃がようやく治まりかけてきた。
とりあえず、落ち着かないと。

相変わらず目線の先にはまるで動じる風もなく昂然とした子供。
眺めれば眺めるほどに尋ね人と見紛う容姿は、違うのは文字通り寸分のみというほど同じ造りをしていて、まるで生き写しだ。
この世に二つとないだろうと思っていたものが造形まで完璧に再現されて目の前にあるのだ。
目の当たりにしたその事実には、もはや驚きを通り越して感心すらしてしまう。

小さく息をついて気を落ち着かせる。
もう一度その子供らしからぬ小さな子供に優しく微笑みかけ、一言一言ゆっくり言葉をかけた。


「君の、お父さんは?」


"待ちぼうけ"ってつまりは"平穏"

(瞬間、昂然とした態度を崩しもせずに僅かに眉が持ち上がった)