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13 喪失を抱くのと同じ手で 「…何だかね、掴んだり引き止めちゃいけない気がしてた。今までは」 「でも、今のヒル魔くんは放っておいちゃいけない気がして」 そうわけのわからないことを繰り返して女は俯いた。 何とも形容しがたい顔が不興を誘う。 端から見れば物分かりの悪い馬鹿な女が身勝手抜かしてるだけのようにしか見えないだろう。 事実半分は全くそうだ。随分と勝手な言い草だ。理屈も何もない、ガキじみた言葉だ。 その実、女は酷く的射たこと言っているようでもあった。 女にしてみれば俺がどうにも不可解で、なおかつ危うくも見えるのだろう。 それは俺に言わせれば女も同じだったが、女が持つものと俺が持つものはまるで違うのであって、その不安定さと言うのは多くそこに起因している。 その一つ一つを丁寧に並べてあげつらってみたところで、存在しない妥協点なんざ見つかるはずもない。どっちにしたって溝は埋まらない。 申し訳程度に服の裾を握って、ガキのような所作をした女は、いつもと変わらぬようで、捨てられた子犬のようでもある。 俺がこのまま手を振り払えばそれで安心するのか余計に事態を悪化させるのか、決めかねているのはそのせいだろうか。 この捨てられた子犬のような女を連れて行くべき場所など何処にもないことはわかりきっている。 女にとってもそれは同じでただ放り出せずにいるだけだ。 責任も取れないような生半可な感情は抱くものじゃない。 たとえ拾った動物相手でもそれは物の役にも立ちやしない。 まして、今は俺だ。 せめて何か確たるものを女が持っていれば話は早かった。 だが、こんな同情だか愛情だか、本人にもまるでわかってないようなそんな曖昧なものに委ねられるほど、俺の抱く感情は甘いものではないことだけは確かだった。 (喪失を抱くのと同じ手で) 14 やさしいねがいごと 「知らなきゃ良かった、って思うこと正直いっぱいあると思うのよ、世の中。 …で、現に知らないで済んでるから私はこうして生きてるんだと思うし、知らなきゃ良かったようなことを知っちゃったりするから、たまに、たまにだけど、生きてるのが凄く辛くもなる。どうしようもないことで溢れてるのよ、この世界はきっと。良いことも悪いことも一緒くたになって」 「ヒル魔くんは、多分私の視界に入ってきたときから、ずっと私の世界を壊してきたんだと思うの。それこそ視界にはいるだけで。だってこんな人がこの世界に生きてること自体が私には信じられないことだったし、認められるものじゃなかった」 「でもね、ヒル魔くんを"知らなきゃ良かった"ものの中に入れることは私には絶対に出来ないんだと思う」 「子供の世界は完璧なの。綺麗に全てが丸く治まってるの。欠けてる所なんか、綻びなんか一つもなくて」 「そういう…玩具箱みたいな世界にね、私はずっと憧れてたし、半分そういう世界にいたの」 「目に見えないものは存在しないし、私の価値観が世界そのもの、みたいな」 「何も知らないからね、私はそうゆうことが出来てそうゆうふうに思えてたのよ。ヒル魔くんみたいに俺が法だ、なんて断じてるわけじゃなくて」 それが出来たら…、と言った先は口を噤んで綴られることは無かった。 "出来たら"という仮定すら、彼女には出来なかったのかもしれない。一人は玩具箱を宝物みたいに、また宝箱みたいに大事に抱えてるし、もう一人はそんなものをとっくに放り出して勝手気ままにそこらにあるものを玩具代わりにしているような、そんな感じ。 彼女は玩具箱から溢れだしてくるものを持て余しているんだろう。次々に増えるものは、もうその小さな玩具箱では補いきれないことを知っている。子供の世界は完璧で、溢れ出した玩具のことなんかすぐに忘れてしまう。いずれ消えて失くなって、思い出すこともなくなる。 そんな中、彼女は溢れ出したものを前に途方に暮れている。その小さな箱の中にはもう納まり切らないことは明白で、でも彼女にしてみれば捨てることなんてもう出来ない。目にしたものを、一つ一つ拾い上げてしまうあの細い手では"捨てる"ことなど選べるはずもない。例えば、誰かが捨てた筈のものすらも拾い上げてしまうような、あの細い手。僕はあの細い手を良く知っている。 ぼろぼろの玩具箱すら捨てられないような、あの優しい手。 今はもう隣を歩いても手を繋ぐことはない。その手を離したのは僕だった。たくさんの嘘を抱えてそれを寂しいと思うこともない僕は、きっと酷く身勝手だ。それを知ってか知らずか、今も僕の隣で笑う彼女の笑みは優しかった。そしてそれは、きっと、これからも。 身勝手な僕は、そんな彼女の優しさが誰かを傷つけているなんて思いたくなくて、この先彼女自身すら傷つけるだなんて思いたくもなかった。 (やさしいねがいごと) |