11 拭っても拭っても、火はとまらないのです 痛い痛い痛い。じんじんと痛みを訴える。 痛む場所を中心に、身体が麻痺してしまったかのように力が入らない。 「なんで…?」 力が入らない右手は持ち上げることも叶わなくて熱くなった目を左手一つで隠す。見られたくないんじゃない、見たくないんだ。でももう走って逃げるだけの力も気力もなかった。もしも残っているならこんなところで彼の目の前で泣いたりなんかしないのに。振り切って逃げて逃げて。頭が痛い。考え過ぎ?ああ涙を落としてしまえばいっそ楽になれるのに。でもダメだ泣いたりなんかしない。 痛む右手と熱い目頭。どちらもじんじんと熱を持つ。いい加減冷めてよ。一歩足りとも動けないまま彼から顔を伏せて。さっきはたやすく踏み出せて、たやすく踵を返した足。頭も意識もまるでついてこなかった。なのに、どうして今は。なんで痛いんだろう、なんでこんなに苦いものを私は噛み締めているんだろう。私は何も悪くないなのに、なんでこんなに胸が痛いのか。なんで、私は泣きかけてなんかいるのか。 ざりっと音がして距離が近づく。踏み出す?踵を返す?わからないわからない。右手が痛む。思い出したくないのはなんなんだ、思い知りたくないのはなんなんだ。 目頭が熱い。息が震える。なんでなんでなんで。 ざりっ、とすぐ目の前で音が止まる。右手に力が入らない。 なんで、ここにいるの、 なんで、追って来るの、 なんで、私を追い詰めるの。 なんで、あんなこと…! 逃げんなよ。 頭の上から振って来る声。 なんで私が逃げなきゃならないのかなんで私がこんなに苦しんでるのか。 声も出せなくて激しく頭を振る。子供みたいだ。違う、子供なんだ。右手は彼の頬を打った痛みと熱に冒されて、逃げ出したことで何故か抱いた罪悪感で胸が痛んで、わけがわからない。泣かないことが最後の砦だった。子供だっていい。知りたくない考えたくないなんでこんなに痛い。 痛いのは、てめえだけだと思うなよ。 言うと同時に痛みの残る右手を掴まれ熱の篭る場所へと導かれる。 熱い。私の手も彼の頬も。 ――――今この瞬間泣いてしまったわけを、私は。 (拭っても拭っても、火はとまらないのです)
12 あの空の青さえ憎くて慕わしい 右の頬を打たれたら左の頬を差し出せと曰ったのはどこの酔狂だったか。 右の次に左を差し出せば世界が治まるか。それで愛を与えたつもりかくだらねえ。 奴らは酷く鈍った頭をしてるうえ強欲ときてる。その程度で伝わるか。 奴らをつけあがらてせんのは実際のところ多いに誤ったその考えだ。 汝隣人を愛せよ、その言葉を実に正しく実践しうるあの女。 だが現実はどうだ。あの女の左腕は何をした。 だがそれぐらいでちょうどいい。隣人愛など認めない。分け隔てのない隣人愛なんざクソくらえだ。 わかってるか糞マネ。こちとら既に右の頬は差し出してんだ。釣りはいらねえそこは愛だ。 だがそれだっててめえの鈍った頭はまるで理解してやしねえんだろう。 そのうえで更に左の頬を差し出しに行く。どんな酔狂だ。鈍った頭が理解するまでか。気が遠くなりそうな話じゃねえか。全くもって手が掛かる。無償の愛じゃこうはいかねえ。わかってんのか。理解しろ。 ああ全く酔狂もいいとこだ。こうなりゃ伝わるまでやってやろうじゃねえか。 つーかどんだけ力入れやがった。 ついでだ、次は舌まで入れてやる。 (あの空の青さえ憎くて慕わしい)
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